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連載小説「相模川恋唄」16-20

連載小説「相模川恋唄」16-20

次の土曜日、和子は大学の後輩の結婚式に出席するため福岡は博多へと向かっていた。
前の会社で出張しまくっていたので長距離移動は慣れていたはずだし、博多自体が13回目となるのだが、久しぶりの飛行機に心なしか緊張していた。
離陸してしばらくして、シートベルトサインも消えた頃。

相模川、見えるかな?

和子はふと思って窓から地上を見下ろした。
もちろん、何処だかわからないうえに、雲しか見えなかった。

見えるわけ、ないじゃん。
何やってんだ、私。

博多に行くなら明太子がほしい!と、前日和子は長谷川にメールでお願いされていた。
と、同時に実は、ヒロカズにも博多に行くのなら来週の土曜日は明太子料理を食べたいとリクエストされていた。
二人とも辛いものが好きなんだな。
ヒロカズと長谷川の共通点なんて考えた事もなかったが、食べ物の好みは意外と近いのかもしれない。
でも長谷川さんは甘いものも好きだったな。
ヒロカズは、甘いもの好きなんだっけ。
不思議とそれが思い出せない。一緒に食べた事あったっけ。
和子が進んでケーキを買ったりしないタイプなので、家で一緒に食べたことはなかったような気がする。

「高橋さんってまだ座間に住んでるんですね。」
それは結婚式二次会のことだった。
大学の後輩比佐子が瓶ビール片手に和子の隣にやってきた。
比佐子は170センチの長身で、スタイルもよく顔も日本人離れした美人。学生時代はスーパーモデルというあだ名で呼ばれていたこともある。
「わっ、ひさちゃん、何で知ってるの」
「幹事だし。で、転職したって本当ですか?」
「そうそう、でもそれ五年前」
どちらかというと和子は面倒見の良い先輩、といった存在だったので、後輩と仲がよかった。比佐子とも大学時代からよく一緒に遊んでいた。
お互い卒業後も時々会っていたが、30歳が近づくと不思議と会う頻度が減っていった。
それは比佐子に限らず、大学時代の先輩や同級生についても同じだった。30歳、というのが何かしらひとつの境目になっていたのかもしれない。
「前の会社であちこち飛び回ってましたよねえ、たまにメールすると信じられないとこにいたりして。」
「そうそう、博多も何度も来てて、これ、13回目。」
「えー、美味しい店知ってたら教えてくださいよー」
「無理無理、もうほんと滞在時間毎回2時間とかだったし。なんとか頑張ってラーメン食べるくらい。」
「へー」
この感じ、久しぶりだな。
すっかり都心のオフィス通勤にも慣れ、この二年、週末はヒロカズと会うだけの生活だった。会社の人とヒロカズしか話す相手がいなかった。
20代の頃はそれこそ日本全国飛び回っていたし、休みの日は大学時代の知人友人と会って飲んだり出かけたり。にぎやかな日々だった。
「そういえば高橋さん、彼氏と相変わらずなんですか?」
比佐子はクリッとした目で和子を見下ろした。
「へ、彼氏っていつの話?」
「前聞いた時同期の人って言ってた。」
ああ、懐かしい。
「とっくに別れた。それも、もう七年前とかの話!」
「へー、あれそんなに前の話ですか。今はいい人いるんですかぁ?」
比佐子が覗き込んできた。
ああ、どうしよう。
彼氏はいない。でもヒロカズがいる。
比佐子ならヒロカズの話をしても分かってくれそうな気がしないでもない。
一秒考えてから、和子は笑ってごまかした。
「シングルシングル!ずっとひとり!」
そう、ヒロカズは、彼氏ではない。
「へー、勿体無いなぁ」
比佐子は本気で残念そうだった。
「あ、、でもね、でもね」
和子は続けた。

「彼氏いないけど、好きな人がいるんだな。」
長谷川の笑顔が、ぱっと頭に浮かんだ。

比佐子は即座に反応した。
「えー、好きな人って!高校生じゃないんだから!片思いですか!まさか!」
「え、いやいや、冗談冗談。」
和子は笑ってみせた。
「なんだー、高橋さんらしくないからびっくりしたー。」
「びっくりした?びっくりした?やったー」
和子は気づかれないようにそっと呼吸を整えた。
まさかね。長谷川さんはただの上司、おまけに愛妻家。
「でもぉ、高橋さんには早く結婚してほしいです、料理うまいしー、面白いしー、かわいいしー、頭いいしー、お酒強いしー」
比佐子は緩んだ顔で言った。

結婚、か。
和子は笑いながら、酔った頭でゆっくり考えた。
結婚って、毎日誰かが家にいる生活なのか。ヒロカズがウィークデイも家にいるような感じなのかな。毎晩一緒に寝るのかな。
毎日相手の帰りを待ったり、待っててもらったり。毎日お弁当作って食べてもらったり、ご飯作ったり作ってもらったり。一緒に食べたり。一緒にテレビ見たり。それが毎日。毎日そんな感じなのか。
一人暮らしが長い和子には、どうしても自分が誰かとそうなる事が想像できなかった。

ふと長谷川のことが頭をよぎる。長谷川さん、毎日奥さんとそういう生活を続けてるのか。
奥さんと一緒に寝て起きて、奥さんが家で待ってるんだ。
奥さんと、、いや、何考えてるんだ、わたしは。ダメダメ。

瞬時に頭を巡った妄想をかき消す為に、和子は言った。
「ひさちゃんは最近どうなの?」
「ここ三年くらい同棲してるんですけどー。」
「あら、結婚しないの?」
「うーん、なんかあの人とは、結婚しないんじゃないかな、、」
比佐子は少し真顔になった。
和子は軽い衝撃を受けた。三年一緒に暮らしていても、結婚しないなんて。
「え、なんで」
「好きだし毎日楽しいんだけど、一生そんな感じでいられないと思うんですよね、あの人とは。」

一生。
その言葉の重みを和子は感じていた。
結婚って一生続くんだ。そういう事なのか。

「へー、よくわかんないけど、いろいろあるんだねぇ。」

長谷川さんは、そういう人がいるんだな、家に。
和子はふと思い、心がじんと痛くなった。
いやいや、だから何ですぐ長谷川さんのこと考えてるんだろう。
福岡まで来たのに、私。
ダメダメ、今日は楽しまなきゃ。

「高橋さーん、飲みましょー」
後ろから別の後輩がやってきた。

福岡の夜は楽しく更けていき、翌日は翌日で後輩たちとラーメンを食べたりお茶を飲んだり、久しぶりの旅行を和子は堪能していた。

夕方、羽田着。
羽田についたら教えて、と、ヒロカズに言われていたので和子は京急のホームからメールで知らせた。
すぐにヒロカズから返事がきた。

「座間まで迎えに行く」

えっ。
まったく予想していなかった。ヒロカズが駅まで来てくれる。
何故だろう。
自分の家以外でヒロカズに会うこと自体一年半ぶりくらいのはず。

そうしたら本当に、座間駅の改札でヒロカズが待っていた。
「お疲れ様。」
和子を見ると、ヒロカズがくしゃっとした笑顔になった。
ああ、ヒロカズの笑顔は安心する。和子は、戻ってきたんだ、という気分になった。
「ありがと、、、で、、何で?」
「荷物、多いかと思った。」
ヒロカズはそう言って笑い出した。
実は、旅行に慣れている和子の荷物は少なかった。中ぐらいの鞄ひとつに、お土産の紙袋ひとつ。
「あー、ごめん、荷物少ない、、」
和子もつられて笑った。

それでも重いほうの鞄を持ってくれたヒロカズと、和子は並んで歩いた。ヒロカズは心優しい。こういうときもさりげなく重いほうの鞄を持ってくれる。そんなちょっとした気遣いが嬉しく、ありがたかった。
「博多でラーメン食べた?」
「まあ一応」
「一応、って何」
「ちょっと行きやすいとこで妥協しちゃった」
「妥協するほど詳しいの?」
「博多、実は13回目」
「えっ」
「前の会社でよく出張してた。」
二人はいつの間にか手を繋いで歩いていた。どちらからともなく繋いでいた。
いつも家でくっついて寝ている二人にとって、それは自然なことだった。

こんな風にヒロカズと手を繋いで歩いたことあったんだっけ。初めてかもしれないな。

いつも、思い出せずにいたヒロカズの手。それは長谷川の手ほど大きくはない。
でもそういえば、繋ぎ慣れている手だった。女の子の手みたいに柔らかく、しっとりとしていて、ちょっとだけ体温が低い。ヒロカズの手、そうだった、こんな感じだったんだ。改めて触れると、当たり前のようにそれは心地よかった。
和子の手の体温が、ヒロカズを少しずつ温めていく。
感触を確かめるかのように、時折和子がぎゅっと手を握ると、ヒロカズも呼応してぎゅっと握り返してくれた。

月明かりが優しい夜だった。

手の体温が同じくらいになる頃、二人は和子の家に到着した。
ヒロカズは毎週そうしているように、一緒に和子の部屋へ入ってきた。いつも土曜日にやってきて日曜日に帰っていくヒロカズ。一日ずれてるだけでも少し新鮮な感じがした。
「ありがと、助かったー。」
荷物をおろしたその瞬間、ヒロカズが後ろから和子に抱きついてきた。背中に密着するヒロカズの体。それは、いつもの安心する感触だった。
「おかえり。」
「ただいま。」
和子は振り向きながらヒロカズを見上げた。笑顔のヒロカズと目が合う。
「キスしていいですか。」
ヒロカズが言った。
和子は思わず吹き出した。
「なんで敬語?」
「わかんない。」
和子は目を閉じてじっと待つ。すぐさまヒロカズの唇が右の頬にそっと触れ、左の頬にそっと触れ、そして和子の唇にそっと触れてきた。二人の唇がそっと重なる。それはいつも通りの、安心する感触だった。

和子はゆっくり目を開けた。
ヒロカズの笑顔がそこにあった。和子も自然と笑顔になった。
「もう一回、いいですか?」
ヒロカズは言った。
「だから、なんで敬語?」
「わかんない。」
会話しながら二人の唇が近づいていく。
キスしては見つめ合い、またキスしては見つめあい、徐々にキスの時間が長くなり、お互いの唇が触れ合うだけでなく吸い合うようになり、舌先が触れ合い、絡み合い、お互いの唾液が流れ込んで行く。最後は長く長く、時間をかけて丁寧に。それが、いつも通りの二人の呼吸。二人の儀式。
いつも通りのヒロカズの温かい吐息や口の中の溶け合う感触。旅行中少しだけ緊張していた和子の心が、すっかり解きほぐれていた。
長いキスの後、二人はしばらく、抱き合った。
「ヒロ君、ご飯食べた?」
「まだ。」
「何か作ろっか?」
「久しぶりに外で食べたいです。」
「えっ」
ヒロカズからそんな事を言われるとは思ってもいなかった。初めてかもしれない。
「たまには、いいじゃないですか。」
「だから、なんで敬語?」
「わかんない。」
二人はまた、笑いだし、見つめ合い、再び確かめるように長いキスをした。
「かずちゃん、あのさ、帰ってきたら、さ」
ヒロカズが小さい声で言った。
「なんでしょう。」
「帰ってきたら、、したい、、です」
「だから、何でまた敬語?」
「わかんない。」
そう言いながらヒロカズの右手は和子の頭をそっと撫でた。
「いいよ、しよっか」
和子はヒロカズの首筋に顔をうずめた。いつもの匂い、いつもの体温。
落ち着くなぁ。
「よろしくお願いします。」
ヒロカズは急に真面目なトーンで言った。
「もう、何で敬語?」
「さあ。」
こんなに分かり合えているのに、こんなに落ち着けるのに、二人の言動は明らかに恋人同士のそれなのに、ヒロカズは、彼氏ではない。
和子は必死でその事を思い出さないように心の奥に沈めながら、ヒロカズと抱き合っていた。

二人はすぐ近くの中華料理店で夕飯を食べ、和子の家に戻った。
そして一緒にお風呂に入り、その後深夜まで、丁寧にゆっくりとセックスをした。
ヒロカズはいつものように、達する瞬間、子犬のような声をあげ、和子に体を預ける。
混じり合う二人の汗と体温。吸い付くようなヒロカズの滑らかな肌。
今夜の和子にとっては、そのすべてが懐かしく、心地よかった。
そして二人は抱き合ったまま今夜も眠った。

明け方4時くらい、ヒロカズが帰ろうとしている音で和子は目が覚めた。
しかし、ここで起きてしまうとヒロカズに気を使わせてしまいそうで、眠ったふりを続けていた。
「かずちゃんおやすみ」
ヒロカズの声が聞こえる。優しい声だった。
起きたほうがいいかなと思っていたら、突然、頬にヒロカズの唇が触れた。

ヒロカズ、キスしてくれた。

和子の心臓が大きく脈打った。しかし起きていることに気づかれぬように、呼吸のペースを守った。
右の頬に、そして左の頬に、最後は唇に。
いつものように三回のキスをして、ヒロカズは帰っていった。

起きてるって気づいてたのかな。
和子は思った。
寝てる自分に優しくキスをして帰っていくなんて、本当に恋人同士みたいだ。彼氏じゃないのに。

そんな事を思いながら、和子は再び眠りについた。

「和子さん
福岡、どうでした?
実は九州行った事ないんで少し羨ましいです^ ^」

「長谷川さん
博多は前の会社でよく出張していたので、、実を言うと13回目でした。
でも今回は久しぶりなので、それなりに新鮮な気持ちでしたよ。」

和子は行きの飛行機のことを思い出していた。
相模川見えるかと窓から見下ろしたこと。つまり、長谷川のことを考えていた。
月曜日になれば職場で顔を合わせ、こんな風にメールで話ができるのに。

「和子さん
13回目!びっくりです。
出張多いお仕事だったのですか?」

「長谷川さん
年の半分以上は出張行ってるみたいな生活でした>_<
大変でした。転職してよかったです。」

「和子さん
年の半分!
出張少し羨ましい気がしましたが、さすがにそれは大変そうです。
和子さん前の会社でも大活躍されていたんでしょうね。
うちの会社、物足りなくないですか?」

「長谷川さん
物足りなくはないですが、毎日家に帰れるありがたさが今も身に染みます(笑)
そんなわけで、もっと仕事振られても大丈夫ですので遠慮なさらずどうぞ。」

和子は、前の会社の話を職場では殆どしなかった。出張が多かった件は普通に話すと会話の流れによっては説明が面倒になったりもするからだ。

「和子さん
さすが!頼もしいです!
和子さんなしではとても回らないので感謝していますよ。」

「長谷川さん
ところで、長谷川さん、お土産にリクエストされた明太子買ってきました。
要冷蔵なうえに今度の日曜に消費期限を迎えてしまうのですが、どういたしましょうか?」

和子は明太子のことを思い出した。職場では周囲の目があるために個人的に渡すわけにもいかない。
結局、今日は持ってくることができなかった。

「和子さん
そうですね、では土曜日に海老名で受け取りましょうか!
今度の土曜日、お暇ですか?」

えっ。
和子の喉の奥がぎゅっと熱くなった。
土曜日に海老名で。その言葉の意味するところ。
また、海老名で長谷川さんに会えるのかな。偶然ではなく、約束をして。

「長谷川さん
お暇です(笑)」

「和子さん
やった!
それではまた、ランチでもいかがですか?
行ってみたいイタリアンのお店があるんです。」

一瞬冗談なのかもしれないと思ったが、長谷川は本気のようだった。

長谷川さんと、海老名で、また会える。
二人っきりでまた、会える。

和子の胸は高鳴っていた。

「長谷川さん
ランチ了解です。
イタリアンですか。楽しみです。」

きっと長谷川の選んだ店だから、またおいしいんだろうな。
和子は大きな手でフォークを操ってパスタを食べる長谷川を想像していた。何かそれだけで満ち足りた気分になっていた。
ダメダメ、週末まで我慢しないと。

また、忙しい一週間が、あっという間に過ぎていった。

つづく
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テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

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詳しくは
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