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連載小説「相模川恋唄」1-5

連載小説「相模川恋唄」1-5

和子は今日もエレベーターで数字を見上げる。
地上26階のフロアが彼女の居場所だ。
30歳までに転職しないとその後のキャリアは望めないと言われて焦って転職したのが29歳の夏。
思えば和子の20代は波乱万丈であった。
殆ど仕事は外回り、フットワークの軽さが認められたのか、昨日は博多、明日は室蘭、明後日は金沢、なんていう出張を命じられて全国を飛び回っていた。

「外回りって、、、回りすぎだろ、
、、なんで仙台の次の日に桜島にいるんだよ!」
同期の彼氏はいつもそんなことを言っており、いつしか会うことも激減し離れていった。
いま思うと、結婚して家庭に入ってほしかったのだろう。しかし、同期なのにその時点で圧倒的に和子のほうが社内での評価も立場も収入も上だった。

このまま定年まで全国を回り続けるのかしら、、

一度そんなことを思ったら、もう次の日に転職を決意していた。
ちょうど30歳になる前日に面接を受けた会社に、今、和子は、いる。
あれから5年。出張もなければ同期との出世争いもない。
高層階のオフィスで一日中座っているような仕事となり、会社に振り回されない生活になった。
多少の残業はあるものの、毎日同じ場所で仕事をして自分の家に帰れる。
さすがに最初はあまりの状況の変化に違和感があったが、5年もやっていれば、すっかり慣れる。あたかも10年以上こんな仕事をしていたかのように、今日も35歳の和子はエレベーターに乗るのだった。

昼休み、広いオフィスは節電の為に一斉に消灯する。
薄暗い中、皆それぞれの場所で昼食を取る。
自席で食べる人、空いている会議室に集まって食べる人、社員食堂に行く人、外に食べに行く人。
和子は自席で食べる派だった。早起きできれば持参したお弁当を食べるが、大抵は来る途中にコンビニで適当に買ってきたカップラーメンかパン。
お昼の薄暗いオフィスで、パソコンのモニターが、自席で黙々と食事する人達の顔を照らしている。
会話のない昼食。
和子は今日もカップヌードルをすすっていた。

近くの席の上司の長谷川が目に入った。長谷川は端正な顔立ちで40代とは思えない爽やかな上司で、女性社員に人気があった。おまけに愛妻家。
薄暗いオフィスに浮かび上がる長谷川の顔。
よく見たら鼻の頭にクリームがついていた。
あれは、、、クリームパン?
和子が目をこらすと、長谷川はフルーツと生クリームが乗ったパンを食べていた。

へぇ、40代の男のひともあんなパンを食べるんだ。
和子は軽く衝撃を受けた。40代の男性って、牛丼、ラーメン、もりそば、そんなものだと思っていたからだ。

「長谷川さん、長谷川さん。」
和子はできるだけ小さい声で長谷川を呼んだ。
すぐ近くの席で同僚が昼寝していたからだ。
長谷川が顔をあげてこっちを見る。
「あの、、あの、、」
鼻にクリームついてますよ、と、言おうと思ったが、誰かに聞かれると長谷川のイメージダウンになりかねない。
和子は自分の鼻を指差してみせた。

「?」
長谷川が真似して自らの鼻を触る。
そこで鼻のクリームに気がついた。
「!!」
声に出さずに表情で、ふたりは会話していた。

クリームを拭き取りながら、長谷川は小声で笑いだした。
和子も思わず笑った。

こうして、二人の恋物語は始まったのだった。

長谷川さんもだらしないところ、あるんだな。
和子はカップヌードルのスープをすすりながら思った。
あんなにかっこよくて仕事もできて、みんなの王子様みたいな人なのに、子供みたいにクリーム鼻にくっつけて、慌てて拭いて。
思い出し笑いをこらえていたら、目の前のディスプレイの隅のメール受信トレイが点滅した。

「高橋(和)さんへ
さっきはありがとうございます、ちょっと恥ずかしいです 長谷川」

思わず顔をあげて長谷川を見ると、目が合った。
長谷川はちょっと苦笑しながら、和子に軽く会釈した。
ああ、いつものかっこいい長谷川さんだな。和子はそう感じながら返事を書いた。

「長谷川さん
いえいえ(笑)
ずいぶん甘そうなパンでしたね
高橋(和)」

「和子さん
甘い物好きなんですよ。
たまに一人でケーキ食べにいったりしてます^^;
長谷川」

和子の部署には高橋が三人いる為、メールでは(和)と後ろにつけるが、口頭ではいつも和子さんと呼ばれている。
しかし、こうやって改めて長谷川にメールで文字にして和子さんと書かれたのは初めてで、少しだけ照れてしまった。

長谷川さん、一人でケーキ?あれ、奥様とは行かないのかな?
和子は少しだけそんなことを思って、 その日の昼休みは終わった。

翌日の昼休み、またいつものようにカップヌードルをすすっていたら、長谷川からメールが来た。

「和子さんへ
今日は、あんパンにしました。これならクリーム飛び出ません。(笑)
長谷川」

お昼にアンパン、子供みたいな食事だなぁ。
そう思って顔をあげると、目が合った長谷川がパンを片手に、にっこり笑っていた。
薄暗いオフィスでディスプレイの光に照らされた長谷川の端正な笑顔。
かっこいいなぁ、長谷川さん。
和子も微笑み返し、カップヌードルに戻った。

「長谷川さん
あんパンですか。
懐かしいですね、ずいぶん食べていません。
高橋(和)」

「和子さん
そういえば甘い物食べてるイメージありませんね。
日本酒も辛口!でしたっけ?
長谷川」

「長谷川さん
そうですね、どちらかといえば辛党です。日本酒も辛口!です。
高橋(和)」

職場の飲み会では、和子はいつも終盤になると日本酒を飲んでいた。
辛口が好きだっていう話、だいぶ前に長谷川さんにしたけど、覚えててくれたんだ。
和子は少し、喜んだ。

翌日も、その翌日も、その翌日も、昼休みの長谷川と和子はメールで会話していた。
思えばお互い孤独な昼食タイム、話し相手が本当は欲しかったのかもしれない。
同僚たちには秘密の会話だった。
昼休みにくだけたメールのやり取りをしている、なんて、仕事中はそんなそぶりも見せず、ただお互い仕事に没頭していた。
金曜日になっていた。

「和子さん
今日もカップヌードルですか?
5日連続ですね(笑)
飽きたりしないんでしょうか?
長谷川」

和子は一度一つの商品を買うと、そのまましばらく毎日食べ続ける癖がある。
指摘されたのは初めてだった。

「長谷川さん
すみません>_<
いちいち選ぶの面倒なんですよ。下のコンビニ商品多いので。
飽きることはないので大丈夫です。
高橋(和)」

「和子さん
なるほど(笑)忍耐強いんですね。
ところで最近あんまりお弁当持って来てないみたいですが、やっぱり残業多いですか?
結構自分のせいで遅くまで引っ張ってしまってるので、ときどき心配しています(-。-;
もし余裕がなかったら言ってくださいね。
本音を言うと、和子さんしか頼れないこと、結構あるんですよ。
長谷川」

「長谷川さん
ご心配ありがとうございます。まだまだ余裕ですので、どんどん仕事振ってください。
お弁当作っていないのは、最近寒くてなかなか朝、起きられないんです^^;
家が若干遠いんで、毎朝、早いのです。
高橋(和)」

「和子さん
頼もしい!さすがです。
家、遠いんですか?どこでしたっけ?
長谷川」

「長谷川さん
小田急の座間です、ご存知ですか?
高橋(和)」

和子の記憶では、たしか長谷川は埼玉県に住んでいたはずだった。
高崎線の話をよく聞いていた。
座間とか言ってもわかんないだろうな。
しかし、数秒後に長谷川が送ってきた返信は、意外なものだった。

「ご存知もなにも、本厚木在住ですよ(笑)我が家のほうが遠いですね。」

和子さんへも長谷川もないメールは初めてだった。余程驚いたのだろうか。
座間と本厚木、その間はたった二駅だ。
あれっ?同じ路線?しかも近い?
でも長谷川さん、高崎線は?
少しだけ、ほんの少しだけ和子は胸が高鳴っているのを感じていた。

「長谷川さん
びっくりしました、近いですね。
埼玉県民だと思ってました。
何故あんなに高崎線に詳しいのですか?
和子」

「和子さん
二年前に引っ越しました。
念願のマイホーム イン 本厚木です。
高崎線(笑)よく覚えていますね。
和子さんは何で座間なのでしょうか?
長谷川」

長谷川がマイホームを購入していたことを、和子は知らなかった。それどころか周囲の同僚たちの誰も知らないのではないだろうか。
思えば愛妻家のイメージがあるが、長谷川のプライベートは謎だった。
奥さんはとても若いとか、すごい美人とか、元モデルとか、同僚達は噂していたが、どれが本当なのかさっぱりわからなかった。
家族構成も不明、そもそも子供がいるのかどうかも、わからない。

「長谷川さん
マイホームですか、おめでとうございます。アピールしてくださいよ(笑)
みんな長谷川さんは今も埼玉の人だと思ってるはずです!
座間は学生時代からなんです。
それなりに気に入っているので、引っ越すタイミングを逃し続けて今に至っております。
和子」

「和子さん
周囲は畑ばかりで、二人で住むには広すぎる家です。
なんだか恥ずかしくて課長にしか報告していませんでした。
座間もいいところですね、長く住んでしまうの、わかりますよ。
お互い小田急通勤でしたか(笑)朝は大変ですが頑張りましょう!
長谷川」

長谷川さん、二人で住んでいるのか。ってことは、奥さんと二人きりなのか。

長谷川のプライベートが少しだけ垣間見えた。
同僚の誰も、この事、知らないんだなあ。
それにしても、同じ路線に二年も乗っていたなんて。
よく偶然会ったりしなかったものである。
長谷川のかっこよさは、きっと、街で会っても小田急で会っても相変わらずなんだろうな。
和子は思った。
もし偶然会えたら、いいのにな。

会社の人に休日会うのは正直嫌だが、長谷川のようなかっこいい上司なら、きっと街でばったり会っても楽しそうだ。
いつも爽やかな笑顔、でも実は甘党で生クリームを鼻につけたりしてる長谷川さん。
高崎線の話は一生懸命だったのに、いざマイホーム買ったら同僚にすら言えないシャイな長谷川さん。

ばったり、会ってみたいな。

そして、その和子の願いは、あっさりと叶うことになる。しかも、その翌日の土曜日に。

土曜日の昼下がり、和子はひとり海老名にいた。
和子の住む座間駅は隣。
ちなみに長谷川の住む本厚木駅からは二駅だ。

和子はいつも、海老名のデパ地下の酒屋でお酒を買う。他では手に入らない品揃えのお店なのだ。
店長は和子の好みもよくわかっており、いつも絶妙なチョイスをしてくれる。
土曜日は、大抵ここでお酒を買い、帰宅して夕方から料理を作る。
夜になると近所に住む、趣味のつながりで知り合った年下の男友達、ヒロカズが映画や音楽のDVDを持ってきてくれて、それを見ながら一緒に和子の手料理を食べてお酒を飲む。
そしてそのまま、日曜日も二人で過ごすのが毎週のパターンだった。

二人の関係は自由なものだ。
不思議とその欲求の波長が噛み合っていた。
一人でいたいときは、そもそも会わない。お互い一人でいたい時なので淋しくなったりしない。
黙っていたければ何時間でもお互い黙っていられる。話をしたければ何時間でも二人で話をしていられる。
ただ眠りたければ二人で赤ん坊のように一日中寝ている。
セックスが必要になればすぐ始め、翌日の夜まで二人は裸で過ごし寝たり起きたりしながら何度も体を重ねる。
そして何もしたくなければ何もせずにDVDを見終えたヒロカズは朝を待たずに自宅に戻っていく。
言葉で意志確認を取らずとも、いつも気持ちが一致していた。

ほぼ毎週末、そのように二人だけで過ごす。
心地よい関係だが恋愛感情だけは、お互い、一切なかった。ただ、不思議とヒロカズの寝息は安心する。

もう、そんないびつな関係も二年半になる。

以前は何度か外で食事をした事もあったが、ここ一年は和子の家以外で会う事がまったくなかった。
そうやって毎週毎週、週末は二人だけの世界にいた。

同僚や友人に彼氏はいるかと聞かれると、和子は、いない、と、答えることにしていた。

ヒロカズは、彼氏ではない。

今日もそんなヒロカズと飲むお酒を買いに、海老名のデパートのエスカレーターに乗った。
少し春めいてきている三月の昼下がり。

「和子さん?」
エスカレーターで後ろから、聞き慣れた声がした。
振り返ると、そこにいたのは、長谷川だった。
和子は驚いた。

つづく
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テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

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詳しくは
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