スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

連載小説「相模川恋唄」36-40

連載小説「相模川恋唄」36-40

早く夜にならないかな。
夜になればヒロカズに会える。ヒロカズに会えば、こんな気持ちは飛んでいくはずなんだから。
ヒロカズに会いたい。

14時半、長谷川との待ち合わせ時間がやってきた。
一階ロビーに降りると長谷川が既にいた。
長谷川が視界に入った瞬間、和子の喉の奥のほうがぎゅっと熱くなった。
どうしてだろう。
まるで海老名で待ち合わせた時みたいだ。仕事中なのに長谷川さんを意識してしまっている。
ダメだ、普通にならなきゃ。

「すいません、待たせちゃいました?」
和子は気持ちを奥深くに押しとどめ、普通に話しかけた。
「自分も今きたとこです。大丈夫。」
長谷川はそう言うと笑った。長谷川のまぶしい笑顔。魅了されてしまいそうで、和子は慌てて目をそらす。
仕事中なんだから。長谷川さんは上司なんだから。奥さんいるんだから。
ダメ。
和子は必死で自分に言い聞かせた。

意思に反して長谷川を意識してしまい、必死で否定して。朝からずっとその繰り返しで和子は心が疲れていた。
つい半日前はヒロカズと抱き合って眠っていたのに。あんなに気持ちを確かめ合ったのに。今日もヒロカズに会えるのに。長谷川さんのことは気の迷いのはずなのに。
それでも心が動いてしまっている。
やっぱり長谷川さんが、好き、なのかな。
長谷川と二人、会議に向かう地下鉄に揺られながら和子は思い悩んでいた。
「和子さん?」
突然長谷川に話しかけられた。
「はい、」
顔をあげると長谷川と目が合った。
「何か考え事でもしてましたか?今日、和子さんにしては珍しく寡黙ですね。」
「いや、特にないです、強いて言えば料理の事考えていました。」
「料理?何の料理ですか」
「えーと、シマアジです」
「シマアジ。」
その瞬間電車が大きく揺れ、和子の手はつり革から離れた。
「あっ」
長谷川の手が和子の肩を掴んだ。
その大きな手がしっかりと和子の体を支えていた。
長谷川さんの、手だ。
和子の心臓が大きな音を立てて鼓動する。
「大丈夫ですか?」
長谷川の手が肩から離れた。
和子は少しほっとしながらつり革を握り直した。
「すみません、つり革苦手なもんで、、」
和子は手が小さいからか、電車の揺れでつり革から手が離れることがたしかによくあった。朝の小田急なら超満員の為に多少それでよろけても問題はない。
混んでない電車に乗る時は手すりのある場所に自然と立つようになっていた。
「苦手とか得意とかあるんですね。」
長谷川は笑った。和子もつられて笑ったが、動揺がおさまらなかった。長谷川の手の感触が肩から消えない。
なんとか動揺を抑えようと和子は冗談っぽく言った。
「手が小さいから、つり革、ホールドできないんですよ。」
和子は右手でつり革を握っていた。
と、突然長谷川の右手が、つり革ごと和子の右手を包み込んだ。
「ほんとだ、全然握れてないですね。」
和子の呼吸が止まった。
長谷川さんの、手だ。
和子の手と一緒につり革を掴んでいる。すぐに手が離れるかと思いきや、数秒それは続いた。
「カワイイなぁ。」
長谷川はそう言うと、少しだけ強く和子の手を握った。
つり革の上で重なる二つの手。
和子は何も言う事ができなかった。
「あ、ごめんなさい、かわいくて、つい。」
長谷川の手がつり革から離れていった。

和子の手にしっかりと長谷川の手の感触が刻み込まれた。

長谷川さん、大きな手。
和子の手を全て包み込んでつり革を握ったその手、優しい手。
また、触れてしまった。
ダメだダメだと思いながらも、また触れたくて仕方ない自分がずっといた。

「つり革、両手で持ったらいいんじゃないですか?」
長谷川が言った。

両手?
和子はひとつのつり革を両手で掴んでみた。
安定感はあまり代わり映えしなかった。
「同じ気がします」
「いや、そうじゃなくて」
長谷川は笑いながら和子の手を取り、別のつり革へと導いた。
和子の手をぎゅっとつかむ長谷川の手。
新たな感触が和子を包み込む。

また、長谷川さんの、手だ。

和子の喉の奥がカッと熱くなった。
ダメだ。動揺しちゃダメだ。
和子は自分に言い聞かせるが、長谷川に掴まれた手を中心に、自分の全身が液状化してしまいそうな感覚におそわれていた。
長谷川さんの、手だ。
温かい。大きい。優しい。
憧れていた、あの手。

和子は全ての感情を押し殺す為に口を開いた。
「あー、両手ってこういうことですか。」
左右で隣り合う二つのつり革を掴んでみた。右にひとつ、左にひとつ。
安定感が増したのかどうなのかよくわからない。
「支点が分散されるからこのほうがいいんじゃないかと思います。」
長谷川は言った。
「でも、長谷川さん、、これ朝の小田急だと無理です。」
「あー、争奪戦すごいですからね、つり革の。和子さん朝は大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないです。でも満員だと誰かが支えてくれるんで。」
「へー、通勤ラッシュも役に立つことあるんですね。」
長谷川は笑った。
その笑顔のまぶしさに、和子もつられて笑った。

ダメだ、長谷川さん、やっぱり、、、かっこいい。さんざん葛藤していても、その笑顔をみるとぱっと気持ちが晴れてしまう。
やっぱり好きなんだ、長谷川さんのことが。
それが気の迷いだとしても、好きなんだ。でも、でも、諦めなきゃ。この思いは封印しなきゃいけないんだ。
和子はいいようのない疲労感に襲われていた。

それでも、15時からの会議は普通にこなした。仕事している最中は忘れていられる。
たとえ、会議の時長谷川が隣にいても、その間はただの上司になる。

17時、長い会議も終わり二人は地下鉄の駅へと歩いていた。

「和子さん、自分、やっぱり仕事溜まってるんで直帰しないで会社戻ります。」
長谷川は言った。
和子は、ほっとした。
と、同時にどこか残念に思っていた。長谷川さんと一緒に小田急で帰れないのか。
ダメダメ、そんなこと思っちゃダメ。
今夜は、ヒロカズにご飯作るんだから。

長谷川と駅で別れ、和子はどっと疲れていた。
ヒロカズが好きなのに。
ヒロカズが大事なのに。
それでも長谷川に惹かれている自分がここにいる。
どうしてだろう。
ヒロカズの手が、思い出せない。あんなに触れているのに思い出せない。
ずっと手に残っているのは、長谷川の手の感触。さっき手を包み込まれたその瞬間の、あの感触。
早く帰ろう。
ヒロカズに会える。
今夜はヒロカズと手を繋いで眠ろう。長谷川が目の前にいないと、心の中がヒロカズでいっぱいになっていく。

直帰できたおかげでいつもより早く座間に着いた。
買い物をすませゆっくり料理をしていた20時過ぎ、ヒロカズがやってきた。

「こんばんわ。」
ヒロカズはいつものように笑顔で挨拶しながら部屋に入ってきた。
「ヒロ君、おかえり」
「ただいま。」
二人はしっかりと抱き合った。
ヒロカズの手が和子の頭をゆっくりと撫でる。
ああ、この手の感触だ。ヒロカズの手だ。
「かずちゃん、好き。」
いつものように右に、左に、唇に、ヒロカズのキスが降り注ぐ。
好き。
その言葉だけで、和子の心が優しく溶けていった。
「ヒロ君、好き。」
「好き。」
二人は笑顔で見つめ合う。
「シマアジ、照り焼き作ったよ」
「ありがと。」
二人は再びしっかり抱き合った。
そして今度は長いキスが始まる。いつもの儀式。丁寧にお互いの舌が絡み合う。
好き、という言葉を経ると感触ひとつが違って感じるようになった。
ヒロカズが、好きだ。
この気持ちは本物だ。
ずっとずっと、ヒロカズのことだけを考えていよう。
「ヒロ君」
和子は再びヒロカズをじっと見つめた。激しいキスで唇が濡れて光っていた。
ああ、愛おしい。
「うん。」
「ヒロ君、好きです。」
「んー、嬉しい!」
ヒロカズは和子の頭を撫でた。
「ご飯たべよっか。」
「うん、えーと、かずちゃん」
「なに?」
「食べたら、、したい、です。」
和子は思わず吹き出した。
「なんで敬語なの」
「わかんない。」
「いいよ、しよっか。」
和子は手を伸ばしてヒロカズの頭を撫でた。
くしゃっとした髪の毛が心地よい。
こうしたいつものやり取りが、和子には、とても嬉しかった。

少し頑張った料理は出来がよく、ヒロカズも満足気に食べていた。
そして、春の雨のような、優しい丁寧なセックス。昨日もそれを行ったのに新鮮で、和子はひどく感じてしまい、終えた後涙が止まらなかった。
こうやって毎週ずっと一緒にいたのに、どうして二年以上お互いの気持ちを伝えてこなかったんだろう。
今まで何度も体を重ねてきたが、気持ちを伝えあった後は感じ方が全然違っていた。

ヒロカズが、好きだ。

その夜、二人は手をつないで眠った。

明け方4時、和子は突然目が覚めた。
右手にはしっかりとヒロカズの手が握られていた。
よかった。まだいたんだ。
この手の感触を、刻み込んでおこう。いつでも、思い出せるように。
ヒロカズを起こさないように、そっとそっと手を握った。
そうだ、これがヒロカズの手だ。
この手がいつも頭を撫でてくれて、自分の体のすべてを知っている。
と、気づいたらヒロカズがゆっくりと手を握り返してきた。
「あれ、起きてる?」
和子は思わず声に出した。
「うん。」
ヒロカズはちょっと笑って目を開けた。
「えっ、いつから?」
「ちょっと前。」
二人は体を寄せ合った。ヒロカズの手が和子の体に回り、優しく二人は抱き合う。
お互いの肌がひんやりと吸い付いた。
「全然気づかなかった。」
「かずちゃん何で起きたの?」
「わかんない。」
和子はヒロカズの胸に耳をくっつけた。心臓の音が聞こえる。
いつものようにヒロカズの手が和子の頭を撫でた。
「ヒロ君は、怖い夢とか見てたの」
「見てないと思うよ。」
「よかった。」
顔をあげると、ヒロカズのキスが降り注ぐ。
右に、左に、そして唇に。ひとつひとつが優しい。
小刻みに小刻みに、少しづつ二人の舌が絡み合っていく。そんな長めのキスのあと、ヒロカズは言った。
「明日も来ていい?」
和子は答えた。

「うん。来て。」

その後すぐ、二人は再び眠りについた。
和子が起きたらヒロカズは既に帰ったあとだった。

和子は先週のことをぼんやり思い出していた。
福岡から帰って来た和子を座間まで迎えに来てくれたヒロカズのこと。
明け方、寝ている和子にキスを降り注いで帰って行ったヒロカズのこと。
ほんの先週のことなのにずいぶん前に感じる。
今朝も帰るとき、ああやってキスしてくれたのかな。起きていればよかったな。

連日ヒロカズとの濃厚なセックスを繰り広げていたが、疲れたせいでむしろよく眠れたので
金曜日の和子は頭がすっきりしていた。
今夜も、ヒロカズに会える。

「和子さん
昨日は赤坂会議お疲れ様でした。
あんまり荒れないで良い結果になってほっとしています。
和子さんの数々の発言のおかげです。
ありがとうございました。感謝してます!!」

「長谷川さん
お疲れさまでした。
お役に立てたようでなによりです。
長谷川さんは、無事に早く帰れましたか?」

和子の心境は落ち着いていた。昼休みが来ても、長谷川のメールを心待ちにする自分はそこにいなかった。
昨日の自分は少しおかしかったんだ、きっと。

「和子さん
いや、それがまた長引いてしまいまして。。。。
終電の一つ前くらいでした。
本厚木、いざとなると遠いですね。実感しています。」

「長谷川さん
それはそれは。おつかれさまでした。
それなのに、早く帰ってしまってすみません。
いつでも手伝えるので、仕事振ってください。」

「和子さん
ありがとうございます。
来週になれば落ち着くと思っているのですが・・・・。
いろいろお願いすることも増えてしまうかもしれません。
ところで、和子さん、明日はお暇ですか?」

明日。土曜日。
和子の喉の奥に、ヒリヒリした痛みが走った。
明日、土曜日の誘い。それは、また海老名で会う事を意味するんだろうか。

ほんの数日前、メールで長谷川と話をしたんだっけ。また相模川を見に行こうと。
和子は弁当を作るって、そんな話にもなっていた。

また、手をつないでもいいですか?

長谷川のメールの文字列が頭に蘇える。

思えばほんの一週間前のことだったのだ。
海老名で長谷川と食事して、相模川を見て、手をつないで歩いた。
また土曜日が、来る。

先週と違うのは、今夜もヒロカズが来るんだということ。
いつもは土曜日の夜に来るヒロカズが、今夜からずっといるのだ。

「長谷川さん
すみません、今週末は残念ながら先約がありまして。」

「和子さん
あら、残念!
また川までお散歩したかったんです。
今度是非お願いします。」

今度、是非。
その言葉に心が少しうずいた。
今度、是非。
また会うのかな。
また会ったら、また、、好きになっちゃうのかな。
でも好きなのはヒロカズなんだがら。だから、もう、長谷川さんとは、会わないほうがいいんだろうな。
長谷川さんは、どんな気持ちで誘ってきているのだろう。
きっと土曜日が奥さん仕事で暇で、一人で海老名散策するのに飽きちゃったんだろうな。

「長谷川さん
そうですね、また時間合うとき、お誘いください。」

もう会えない、とは書けなかった。
それでも、送信ボタンを押した瞬間に胸がきりっと痛んだ。
なんだろう、この気持ち。
やっぱり、会いたいって思ってるのかな。

また、海老名で待ち合わせ。休日の爽やかな長谷川さん。普段会社では見せないような笑顔で、無邪気で、いろんな話をしてくれて。
ひどく懐かしいけど先週の出来事なんだ。
あのときは長谷川さんを好きだと思ったけれど、でも。違った。
好きなのは、ヒロカズ。
お互いの思いをやっと確かめることができた。それもほんの二日前のことだ。
今日もヒロカズが来てくれる。そして明日も明後日もずっと一緒なんだ。
ヒロカズのことを考えていよう。

「和子さん
是非またお願いします。
五月に入ると、また更に綺麗なんですよ、相模川。
ぜひ和子さんにも見ていただきたいです。」

「長谷川さん
はい、見てみたいです。」

「和子さん
では連休明けにいかがですか?」

長谷川の具体的な誘い。
連休明けか。
あと三週間くらい後の話だ。
どうしよう、断るのが難しい。

「長谷川さん
連休明け、今のところ問題ありません。」

指が勝手に動いてしまった。
いや、大丈夫。
長谷川さんもうその頃は、今の約束なんか忘れてるんじゃないかな。

つづく。
スポンサーサイト

テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

kazko

Author:kazko
Facebook,メルマガで連載している小説をまとめています。
詳しくは
http://kutsushita.in/
へ。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。